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第4代發行人 李商在 1924.9.13 ~ 1927.3.25 |
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「ご飯を一食食べられなくも死ぬことはない。しかし, 新聞は一日も休んではならない」
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第5代發行人 申錫雨 1927.3.25 ∼ 1931.7.24 |
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「大韓で滅びのだから, 大韓で再生しなければならない…」 |
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第6代發行人 安在鴻 1931.7.25 ∼ 1932.4.22 |
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「朝鮮の民衆は感傷的な悲しみにばかり浸らず, 目覺めて決心すべきであり, 決心して維持すべきことを守り通さなければならない」 |
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第8代發行人 曹晩植 1932.6.15 ∼ 1933.7.18 |
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「國産品を使い技術を革新してこそ, 外部からの侵入を防ぐことができる。また, 間違いなく地域感情が生じるだろうから故鄕を尋ねるのは止そう」 |
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第9·11代發行人 方應謨 1933.7.19 ∼ 1953.8.27 |
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「今, 朝鮮で最も必要で急を要する事業は敎育です。新聞は普遍的かつ現實的, そして社會的だという点から, 最も大きな敎育機關と言えましょう」 |
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第12代發行人 方一榮 1954.4.30 ∼ 1964.11.14 |
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「新聞は記者が作るもの。新聞の經營者はそれを支えるだけだ」 |
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第13代發行人 方又榮 1964.11.16 ∼ 1993.3.9 |
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「眞實の報道, 批判の機能は財政的獨立なしには不可 能である。公正な人事を通じて良質の新聞を作らなければならない。このように經營と編集という二つの車輪がバランスよく發展する時, “言うべきことを言う新聞”を作ることができる」 |
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